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みんな見た? クソアニメ2013 その2

 こんばんは、管理人でございます。最近、マインスイーパーとかフリーセルとか、その辺のゲームに嵌って、順調に時間吸い取られてるなう。どこかしらで断ち切らないとやばいパティーン!


 さて、今回の記事ですが、先週に引き続き、「みんな見た? クソアニメ2013」の発表となります。今さら隠すこともないのでぶっちゃけると、今回が3部構成の第2部ということで、今回でノミネート作品は全部挙げ終わるかと。次回は結果の発表となりますので、前回の記事と併せて、何がトップになるか、予想してみると面白いかもw

 ということで、「続きから」の部分より、さっそく本編です。↓文字色


 そして、迎えた秋。一年のアニメを締めくくりになる、あるいは年を跨いで牽引するような魅力ある作品が多く現れるはずであろうこの時期。これまでの波が可愛いものであったとしか思えない嵐が到来するのであった。


 まず最初に現れたのが、「COPPELION(コッペリオン)」。週刊ヤングマガジン→月刊ヤングマガジン にて連載されている漫画を原作とするアニメであるが、アニメ化の第一報があったのが2010年で2011年内に放送される見込みだったものの、そこから諸事情があって一旦企画が凍結された果てに、ようやく放送にこぎ着けた曰くつきである。

 この作品を低評価せしめたのは、他でもなくその「曰くつき」の部分であり、もっと言ってしまえば根本的な設定にある。この作品の設定に言うと、2036年の近未来、原発のメルトダウンにより死の街と化した東京から生存者を救出すべく、「コッペリオン」と呼ばれる遺伝子操作によって生まれた子供たちを投入、彼女たちの活動を描いたもの。
 ここまで書けば、おおよそ分かると思うが、2011年の3月に起こった東北の大地震と、それに伴う原発事故、特に後者を連想させる内容になっている。そのため、当初2011年3月に開催予定のACEでの情報公開は中止(ACE自体も中止)、この作品の制作も宙に浮いたものと長らく考えられていた。

 そして、それを乗り越えて出来上がった作品としても、ようやく原発事故の影響が少しづつ薄れてきているとはいえ、そこら辺の設定は改変・あるいはぼかされ、当然そこにタッチする部分もカットの連続。その結果、アニメ組には何を描きたかったのか、汲み取るのがかなり厳しい仕様になった。放送開始時から指摘される、主人公:成瀬荊(なるせ いばら)の妙な関西弁・画面の青さ 以上に、そこで辛い評価を受けることになったのである。


 続いては、同日放送開始になった「境界の彼方」。当作品は、「涼宮ハルヒの憂鬱」「CLANNAD」などを手掛ける京都アニメーションの新作にして、「中二病でも恋がしたい!」「Free!」に続く、自社のライトノベルレーベルKAエスマ文庫からのアニメ作品でもある。原作1巻が発売される時期、とある京アニ製作の作品が放送されていた際にCMが流れていたので、名前くらいは知っていた人も少なくないだろう。

 京都アニメーションといえば、高い原作再現力・美麗な作画・卓越した演出 など、アニメファン内でも高い評価を受けることも少なくないが、その一方で「オリジナルもの」「シリアスもの」に関しては鬼門と言われている。故に、奇しくも鬼門の要素を両方とも備えているこの作品をアニメ化するに辺り、不安視する声も上がっていたが、あいにくその不安が現実のものになってしまった…。

 作画クオリティ・演出に関しては腐っても京アニということで、全編通して良好だった。しかし、肝心の脚本・キャラ設定の部分で問題であった。特に、当初は過去のトラウマから妖夢(いわゆる妖怪みたいなもの)を殺せないとされていたヒロイン:未来が、1話から主人公にして半妖である秋人をぶっさぶっさと剣で刺していたり、視聴者に媚びるかのように「不愉快です!」とよく分からない口癖を連発するなど、ヒロインのキャラが明らかに失敗した感があるのは否めない厳しい立ち上がりだった。もっとも、前者に関しては物語後半で明かされる事実の壮大な伏線なので、それを考えればマシなのしれないが…。

 その他にも、メガネフェチという某「メガ○ブ」にでも行ってくれと言わんばかりの主人公の性癖、シスコンなのになぜかホモっ気を感じる主人公の先輩:博臣、主人公の後輩キャラでネコっぽい妖夢:愛 など、全体的に媚びと気持ち悪さに全力を傾けたキャラクター作りはさすがにやりすぎだと思わざるを得ない。その結果が、シリアス全開の本編よりガス抜きでやったギャグ回の方が人気出るとなったら本末転倒である。
 また、そんなストーリーと評価のジェットコースターの果てに迎えた最終回において、あそこまで投げっぱなしジャーマン喰らわせられたのは、察してくれと言ってもあんまりではなかろうか。あれが許されるのは、せいぜいkey作品くらいなのだから…。


 翌日放送開始となった「IS<インフィニット・ストラトス>2」、こちらも前評判に違わぬ惨状を呈した。2011年冬アニメにてまどか☆マギカに次ぐ売り上げを見せた大ヒット作品の2期にも関わらず、である。
 もっとも、アニメファンの間では第一期放送時点から作者の言動を問題視する声も大きく、事実本作品はアニメ第一期が放送されたときと原作・円盤共に版元が変わるという異色の経緯を経ての再アニメ化であり、公式のアナウンスが来るまで、元の版権を持っていたメディアファクトリーから「干されたのではないか」とさえ噂された。

 そして、その経緯を経て、出来上がった本作だが、一言で言えば売り方からストーリーの見せ方に至るまで「ひどい」の一言で片づけられる有様だった。

 まず、アニメ第1話が放送されるよりも少し前に、OVAとして第0巻が発売されるというアナウンスがあり、予約を開始していた。ところが、アニメ第1話が放送されると、第0巻=OVA ではなく、第1話のロングバージョンを収録した第1巻 というのが判明した。また、同時にTV版第1話にしても、円盤購入を前提にした未完成版というのが確定し、商魂の汚さに視聴者は感嘆した。加えて言えば、アニメ放送と同時に、シリーズ構成に作者が一枚かんでいることが明らかになり、第一話にしてお通夜状態に雪崩れ込むことになった。

 ちなみに、この時期製作会社の「エイトビット」は、この作品の他に「ワルキューレ・ロマンツェ」「東京レイヴンズ」の計三作品を並行して作っていたこともあり、どれかがリソース低くなるのではないかと噂されていたが、蓋を開ければダントツでこの作品が一番力入っていないのが明白な結果に落ち着いた。原作の低評価を裏付けるストーリーの稚拙さと共に、誰も喜ばないアニメになったのは間違いないだろう。


 とりあえず、この時点で秋アニメ前半戦と区切りを入れたいと思う。正直なところ、ここまで挙げた作品だけでも、他のクールの最有力候補以外をを全て薙ぎ払えるだけのポテンシャルを持ち合わせており、この時期に放送されたアニメがどれだけ恐ろしいことになっていたのか、想像に難くないだろ。だがしかし、先に宣言してもいい。真打は遅れてくるものであると。某スレで言うところの「年末の魔物」たちがまだかまだかと舌なめずりしていることを、忘れてはならない…。

 さて、ここからが真打となる秋アニメ後半戦になるのだが、どの作品に関しても概ね共通している部分がある。それは、物語の締め方に大きな問題があるということ。それを踏まえた上で、以下の寸評を見ていただきたく思う。


 ということで、後半戦第一発目に取り上げる作品、それは「DIABOLIK LOVERS」である。原作はRejetが販売しているオリジナルシチュエーションCD作品で、それをもとにオトメイトからゲームが発売されると言った、いわゆる乙女向けの作品。
 乙女系作品というと、過去アニメ化されたものでも比較的セールスにも覚えが良いものも多く、ある意味安牌とされていただけに、まさかの伏兵でもあった。

 アニメ版のあらすじとしては、父親の命で教会から逆巻家という一家の屋敷へ行くように命じられた主人公:小森ユイ が、逆巻家に住むドSな吸血鬼兄弟にひたすら吸血される、といった内容。あらすじ時点から漂う危険な香りの通り、毎回15分の尺の中でヒロインが様々なシチュエーションで吸血されるのを見せつけられるという、何とも高度なアニメなのだが、そもそも原作からしてシチュエーションを楽しむ類の作品であるのでお察し…。
 というか、そもそもの話として、なぜヒロインは毎回ノルマ的に血を吸われに兄弟たちの元へ行くのかという根本的な理由がよく分からない。まさしく、公式で呼ばれている「ビッチちゃん」という愛称がふさわしいほどのドMな雌豚なのだろうかw 製作期間がやばいアニメにありがちな総集編エピソードにおいては、だいたい2分に1回くらいは吸血される有様で、もはやゲップが出てもおかしくないくらい積極性ないし誘い受けっぷりを披露していた。

 とまあ、ここまでの時点でも大概だったのだが、やはりこの作品の評価を決定づけたのはやはり最終回の顛末だろう。最終回では、逆巻兄弟の叔父:リヒター の手引きで、ユイの中(正確にはなぜか移植されていたらしい心臓)に眠っていた兄弟の母親の一人:コーデリア が覚醒を始め、それを止めるべく最後の力でユイがナイフで自身の命を断とうとし、倒れたユイをどうにか救うべく兄弟が力を合わせるという話だった。結果だけ言えば、ユイは助かるものの、人間としてとしてではなく吸血鬼として復活といったビターエンド。ここで終わるならば、まだよかったのだが、この後なぜか尺が余ったのか、まるでシチュエーションCD版のようなシチュエーションプレイを始めると言った暴挙に出たのである。本作は1話15分構成で作られ、本来15分という尺に収めるためにギリギリまでカットと詰め込みを加える、という工程があって然るべきなのにもかかわらず、である。おまけに、それが兄弟6人分をやったために無駄に長く、それならば他のところに尺を割くべきだったと突っ込みを入れたくなる。こんなものは円盤の特典映像で十分である。

 何にしても、放送条件込みで元々無理のある構成だったと仮定すれば、ある意味潔い突き抜けっぷりだったのかもしれない。まさしく、今季の糞アニメ界のダークホースと言っていいだろう。


 続いて取り上げるのは、「メガネブ」。近年、一種のトレンドとなりつつある聖地アニメ。古くは「らき☆すた」の鷲宮・「おねがい☆ティーチャー」の松本、最近では「ガールズ&パンツァー」の大洗など、アニメファンが現地に赴き、住民たちが彼らをもてなすという形で町おこしに一役買っているケースが増えている。
 しかし、その一方でそこに至らないケースというのも多く、特に企画段階でタイアップを前提としている場合の上手くいかない確率は高いと言われている。そして、この作品はと言えば、あいにく後者に属するタイプの作品であり、メガネ産業で有名な福井県鯖江市が息巻いてタイアップに乗り出した意欲作であった。ただ、興奮気味な鯖江市長とは裏腹に、アニメファンからは放送開始前から不安視されており、一部では「見えている地雷」と噂されることもあった。

 前置きがながくなったが、軽くこの作品の紹介をさせてもらう。某頭の固い辞書のあらすじ欄からの引用になるが、『ヒマラヤ第三工業高校には「メガネ部」という部が存在する。部員全員が眼鏡を掛け、そこでは女性の裸を透視するために「非生命体透視メガネ(通称スケスケメガネ)」の開発が行われている。本作では不慮の爆発により部室もなくなってしまったそんな部員たちの日常が描かれる。』、これがおおよその話。
 あらすじの時点でいわゆる日常系作品っぽい雰囲気というのは分かっていただけると思うが、その実数多ある日常系作品とは一線を画すものであった。日常系作品と言えば、可愛らしい女の子に萌えたり、永遠に続くと思われるユートピア世界に身をゆだねてみたい衝動に駆られたりと、とにかくただ日常生活を描くだけでなく、何かしら特色があって、そこにひきつけられるからこそ成立しうるものであるのだが、このアニメにはそれがない。

 メインキャラ以外の大部分は、ほとんど棒人間、メインキャラに魅力がない、会話がつまらない、色彩が目に優しくない…存在するのはそんなマイナス要素しかない。特に、会話のセンスのなさは致命的なレベルで、実りのある話であるわけでもなし、かと言って本文であるメガネの良さをアピールするわけでもなし、どうでもよくてくだらない話を延々と垂れ流しているだけだった。例えるならば、炎天下の中、校長先生の自慢話を長時間にわたって聞かされるのと同じくらいの苦痛を伴う所業だった。
 加えて、メインキャラ同士の絡みというのも大概であり、メインキャラの1人にして1年生部員のキャラ:隼人 はメガネ部唯一の伊達メガネという設定があるのだが、それ故の虐めとも思わせる描写が多い、視聴者目線で何かすごいことをやったわけでもないのに後輩部員からよいしょされまくる主人公:鏡(あきら) など、気楽な気持ちでアニメを見ることすら許さない極悪仕様は本当誰得…。作品内で何となく評価されているのがメガネ部顧問の過去話編や、途中から参戦した生徒会チームくらいという有様でさえある。

 ただ、この作品もまた、最終回が酷い作品ではあったものの、第1話から通して安定の酷さだったこと、周りの強豪たちの壮絶さもあってか、その中では比較的まともに終わったと言っていいだろう。というよりも、せめて最終回くらいのクオリティが毎話続いていれば、もう少し別の評価につながったのではなかろうかというのが、記録者個人の感想でさえある。
 また、この作品にはもう一つとんでもないオチが潜んでいたことが、放送終了後明らかになった。それは、このアニメを推進していた鯖江市市長が実は伊達メガネだったと公表したのだ。市長がメガネ者(作中で使われる「メガネを愛している人」)でなかったのが、まさかの敗因だったと、誰が思っただろうか…。


 残りが少なくなってきたが、ここで「ガリレイドンナ」を紹介。この作品は、少女マンガ原作からオリジナル作品まで幅広く取り上げ、ヒットへ繋げてきた「ノイタミナ枠」からの参戦で、「KITE」「MEZZO」で知られる梅津泰臣氏の待望の新作ということで放送前に注目を浴びた作品でもあった。

 本作は、近未来を舞台にガリレオ・ガリレイが遺したとされる「ガリレオの遺産」を探すべく、諸事情で散り散りになっていたガリレオの子孫であるフェラーリ三姉妹が再結集し、世界中を旅してまわる冒険活劇(?)である。主人公は三姉妹の末っ子:星月フェラーリ で、製作が発表された際も彼女のキャストがいち早く発表され、彼女が終始物語の中心として描かれることになった…のだが、それが仇になったと言わざるを得ない辛い仕上がりになった。
 三姉妹の設定を軽くさらうと、
長女:葉月→落ちこぼれの法学部生。正義漢 
次女:神月→気弱で心配性な女子高生。少林寺拳法の使い手
三女:星月→普段は内向的だけど、いざというときは大胆。天才的なエンジニア

という具合なのだが、実のところ物語の中で設定が生きているのは実質星月のエンジニア設定だけ。葉月の場合は、正義漢設定はところどころで反映されたものの、概して悪い結果に結びつくか無駄な結果に終わり、神月においてはメンタルの弱さという部分がクローズアップされるにとどまり、ひどく情けないキャラになっている。それ故、星月以外は物語の進行上必要ないのではと揶揄する声もあった。おまけに、物語の終着点である「ガリレオの遺産」ないしその在り処を示すとされる「月のスケッチ」、そこにも彼女自身が大きく関わっていて、ますます他の姉妹の存在感のなさを実感させる結果になった。

 そして、キャラだけに留まらず、ストーリーの描き方にもまた問題があった。フェラーリ姉妹はガリレオのスケッチを探すべく、世界中を旅してまわる、そのあたりの描写を指して「冒険活劇」と本書では表現したものの、世界を股にかけて動いた割にドラマ性が大きく欠けているのである。例えば、エネルギー問題に喘いで反乱を起こしている人たちと姉妹たちが出会う話があって、最終的に悲惨な結末を迎えることになるのだが、それが後の話に生かされるわけでもなく、ただスケッチの在り処がそこだっただけと言わんばかりに話がそこで閉じてしまっている。
 加えて、スケッチの在り処を巡って小競り合いがあるわけでもなく、前半から後半にかけて描かれたドラマとは関係なく最後にはあっさりスケッチが見つかり邪魔をされないというぬるげー仕様で、星月に危険が起こってもピッコロッソ(彼女が身に付けている金魚型のアクセサリ)がどうにかしてくれる、高いところから落ちても熱が出るだけで死なない(ちょっと何言ってるか分からない)など、謎の主人公補正も合わさり、緊張感?なにそれおいしいのレベルに薄味すぎる物語になった。もっとも、ノイタミナラジオに出演した梅津監督の発言によれば、元々2クール想定で作っていたものを急きょ1クールに縮めることになったとのことなので、もし仮に仕様通り作られていたらどどうなっていたかは分からない。あくまでも「絶対に良くなってた」とは言わないが。

 と、ここで少し話題から逸れるが、一つどうしても触れておきたい話題がある。筆者は、数年前からこの枠をある種の「預言枠」として見ている節がある。古くは「東のエデン」とS○APの草○事件とのタイミング一致に始まり、この枠では予想もしえない偶然の一致が生じる事例がいくつか報告されている。このクールにおいても、ノイタミナのもう一つの枠で放送されている「サムライフラメンコ」において、ヤラセ(≒自演)をテーマにした話で偶然の一致をみており、その神通力は健在であった。しかし、このクールはそこに留まらず、この「ガリレイドンナ」においても同様の現象が起こった。
 それが起こったのは、このアニメの最終話「ガリレイジャッジ」。そもそもの話、前回ラストの危機的な状況から場面が一気に移り変わり、法廷でのバトルがメインになるという驚きの展開を見せていて、まるで「リ○ガルハイ」をパクったのではないかと揶揄される展開ではあったのだが、問題はそこではない。終盤に待っていた、この一件の黒幕であったフランチェスコが衆人環視の中で義理の息子であるロベルトに殺されるという一幕である。フランチェスコはエネルギー会社の社長という肩書を持っており、殺害されるという…それは放送数日前に起こった餃子で有名な某有名チェーンの社長の事件を思い起こさせる。事実、放送当時Twitter実況民の中で「○将wwww」というツッコミが相次いだ。ストーリーの投げっぷりも含め、ある種この最終回が伝説になったのは間違いないだろう。


 そして、最後の一本。堂々と重役出勤をかました、重鎮「革命機ヴァルヴレイヴ(第2期)」である。前述のとおり、OA前から分割2クールと発表されており、これが後半にあたる作品に当たるのだが、第1期(前半)の惨状もあってか期待感は軒並み打ち砕かれ、もはやどこまでキチガイ路線を行くのかという間違った期待感を以て、放送を待たれた節があった。

 そんな妙な期待感を持たれながら放送された本作だが、序盤は存外まともな作りで、相変わらず突っ込みどころはあれど、1期ほどの毒はないと評されるくらいの高いクオリティは保っていた。しかし、それもつかの間の休息に過ぎず、第3話、あるいは第4話あたりからまたその本性をむき出しにする展開がなされるようになった。
 第3話・第4話で焦点が当たったのは、主人公:ハルト とヒロイン(?):ショーコ の友人マリエ。彼女の記憶喪失設定がついに紐解かれると言った内容である。ただ、一視聴者としていわせてもらうと、マリエの記憶喪失設定自体が死に設定同然になっていて、今さら思い出したかのように出されても「…そうだっけ?」としか言えないくらい強引な切り返しだった。というか、当初から一応サブキャラレベルで紹介されていたのにも関わらず、ここまでの扱いが空気過ぎて、ここに来ていきなり存在がクローズアップされること自体に違和感を隠せない。そんなんだから、ここで劇的に死んでも、親友のショーコは涙一つ流さない・動揺すらしないのだと思えてならない。

 さらに、マリエに続く形で、1期から重要人物として登場が待たれたリーゼロッテも登場からわずか2話で退場、ハルトとショーコの関係性を最後まで案じた果てに名誉の戦死を遂げた犬塚先輩、最終作戦でアキラちゃんのナイトを務めた果てに散ったサンダーこと山田など、比較的思考がまともなキャラから退場していき、クレイジーなキャラほど生き残るという視聴者に優しくない取捨選択は我々をうならせた。
 その他にも、ダブルヒロインかのような形で推されたショーコの対となるヒロイン:サキ の1期に引き続きの不遇っぷり、ショーコのヒロインにあるまじき行動、一般生徒や一般市民たちの流され具合、黒幕である101人協議会のザルっぷりなどなど、狙って狙って自信満々に放った球をストライクゾーンどころか味方ベンチに投げ込むような大暴投をかますなど、ここまで思惑と外れたところに向かうのかという貴重なサンプルになりうる素材を提供する制作陣の強気な姿勢には頭が下がる。

 また、他の作品同様、この作品もまた最終回ないしラストのオチでやらかした。今まで所々で差し込まれてきた200年後の未来に関する描写が、最終話まで見たところで別に大した意味がなく、ただサキと少なくとももう一名「聖女」と呼ばれる人物が生き残り確定したという話でしかない、偉大なロボットアニメの黒歴史となったA○Eをなぞるかのような英雄の像END、不人気ヒロイン:ショーコ の生き残り確定シーンである。
 作中、結局ハルトが生きているうちにショーコと分かりあうことはなく、彼女の口からハルトに対する謝罪が直接向けられることがついぞなかったというだけに、彼女がハルトの遺志を継いで新たなヴァルヴレイヴのパイロットになったというオチは呆れさせるに等しかった。最終話直前で底値まで落ちた彼女の株が復活しないのに、なぜ最後まで生かした…。

結果発表に続く…


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